「私を生きる」ということを宣言しよう☆

結稀です。

 

1日は24時間、というのは決まっていて

誰にでも平等にあって

親がいて家族がいて友達がいて

いつも毎日忙しくしていて

その毎日が続いていく、のが人生。

 

たまに

なんでこんな人生なのだろう、とか

なんでこんな苦しいことが起こるのだろう、って

思うこともあるけれど、それも人生の一部。

 

そんな風に

いいことも悪いことも含めて「私を生きる」ということって

毎日起こるプチ事件を

デンと受け止めることなのではないか、って思うのです。

 

娘が受験に失敗した。。。。とか

大好きだった彼氏に突然振られてしまった、とか

母が突然倒れた、とか

大切な人が突然交通事故で、、、なんてことも

起こり得る話で

 

でも実際に生きている私たちとしては

受け入れがたいことや

ただ呆然とするしかないこともあるのも事実。

 

でも、

「私を生きる」ことを

自分に宣言すれば

他の人と比べることもなく

苦しい時間や悲しい時間をただ打ちひしがれるだけでもなく

ちゃんとその時間から這い上がり

自分に対して「ちゃんと生きてます!」と

胸を張って言えるような身の振り方が

出来るのでは、と。

 

苦しみや悲しみを

誰かに代わってもらうことは出来ないけれど

他の誰のものでもない人生を生きるっていうことを

自分に宣言したなら

それを受け止める決意のようなものも

ココロの深いところに根付くのではないかと思うのです。

 

毎日の生活の中で起こる出来事は

いつでも、それで最後、ではなく

あくまで 「長い人生の通過点」。

それをどうクリアしたかで、

新しい流れが決まっていくような気がします。

 

だから、

嫌なことや悲しいことは

私たちを傷つけるためだけに起こっているわけではなく

そこから学べることがあるはず、と思って

その出来事に向っていきたいなーと。

 

「今」だけで人生を判断せずに、です。

 

そして

苦しいときこそ

誰が本当に信用できる人なのか、が分かるときでも

あるように思います。

その「信頼出来る人」に

自分の気持ちを吐き出して

助けを求めてみる、ことも

苦しいときに「学ぶべきこと」の1つなのでは、と思うのです。

 

自分を生きるって

カンタンなことではないけれど

自分の人生を操縦するのは自分だけ。

海の中でたださまよっていたってゴールにはたどり着けず。

海の中で手漕ぎしたって進めるのはほんのちょっと。

 

自分がやりたい!って思う道があるならば

それに必要なものを見つけ

「やる」って決めて1歩踏み出すこと。

 

それは、大きな1歩じゃなくってぜんぜん大丈夫。

むしろ大きすぎる1歩は危険でもあるので。

 

小さく小さく。

自分のやりたいことを身の丈にあった速さと大きさで。

 

半年後、あなたの世界が変わっているはずです。

 

 

あなたの才能を活かしたアイデアで起業したい女性起業家の方へ

才能差別化商品&1ヶ月で10人がブログから集客できる仕組みを作る

「完全差別化コンセプトUSP & ブログ集客の自動化」

▼詳しくはこちらから▼

 

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。